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09.同窓生の著書 アーカイブ

国文科1期生藤井嫩子さんが詩集出版 

 国文科1期生の藤井(旧姓白田)嫩子さんが詩集『さくらんぼのうた』(若葉社)を出版しました(資料は若葉社の許可を得て転載)。
 藤井さんは、第3回童謡詩部門優秀賞を受賞しました。現在、東京都西東京市に在住し、日本児童文芸家協会の評議員、児童文学同人誌「新すずかけ」代表として活躍しています。
 なお、夫の藤井晨一氏は画家で、11月に西東京市こもれびホールで個展を開催する予定です。
 藤井さんよりメッセージを寄せていただきましたので紹介します。

「さくらんぼのうた」に寄せて
 山形女子短期大学国文科第1期生として卒業以来、数えれば40年の膨大な時間が経ち、一昨年還暦を迎え来し方をふり返りました。
 三十代半ばの結婚、子育てで子どもたちの親を慕う一途さに、生きて在ることの健気さに心を打たれ、書き留めておいた詩を一冊に一年かけて手づくりした詩集を出版しました。
 「さくらんぼのうた」を、母校に寄贈させていただきました。西東京市、小平市小中学校、兵庫県山崎小学校、小川未明館、前橋文学館、浜田広介記念館、城北高等学校、女満別図書館など、ゆかりの地で読んでもらっています。
 大人と子供の絵本至光社社長武市八十雄氏より「ぱっとあけたとき、ぬくもりがあるいい本。ふつうとちがうものを感じた。心があたたまるいい詩、さくらんぼの実がみんなの心の中にとびこおんでいっていると思う。自分の心にも届いた。読んですごく心にきたのでお電話しました」と、お言葉をたくさんいただき感激しました。子どもとの生活に追われていたころ、富澤学園創立者富澤カネ先生から届いたメッセージ“今あなたは幸せですか、元気に生活をがんばっていますか”と呼びかけてくださった、卒業生の幸せを祈る母なる深い優しさに涙あふれたことを忘れられません。
 山短での生活もなつかしく思い出します。明るい学舎で、図書館や先生の研究室を訪れ、蔵王の山を目の前に屋上で風に吹かれ、友と談笑しました。印象に残る授業は、歌人結城哀草果先生がもんぺ姿で登壇し「白鳥は悲しからずや海の青空の青にもそまずただよふ」、「やわらかに柳あおめく北上の岸辺目に見ゆ泣けとごとくに」を朗詠なさったこと、はるばると心に響く歌声でありました
 生活面では、郵便局11年、市立図書館13年勤務。日本児童文芸家協会に在籍、折々に詩を掲載。今年、五月山形芸文館で初の藤井晨一絵画展開催は、恩師志鎌先生ご夫妻のご縁に感謝でございます。故郷は人を育み心にぬくもりをくれます。

九条菜月さんの短編小説 

 九条菜月さん(国文科36期生のペンネーム)の短編小説『エルの遁走曲(フーガ) オルデンベルク探偵事務所録外伝』が、『C★N25-C★NOVELS創刊25周年アンソロジー』(中央公論新社)に掲載されました。イラストは伊藤明十氏です(中央公論新社の許可を得て転載)。
 九条菜月さんからメッセージをいただきましたので紹介します。

 短編ですが、執筆時間は長編並みにかかっています。何度も書き直して、担当さんと電話で議論を重ねました。完成した時は、これで本当に終わったのかと疑ってしまったほどです。作品の時期的には「ヴェア・ヴォルフ」と「ヴァンピーア」の間になります。二作品に登場する人物も出てきますので、よかったら読んでみてください。また、このアンソロジーにはたくさんの作家さま、イラストレーターさまが参加されていますので、買って損はないかと思います。

 関連記事は以下の通りです。
 やまたんニュース【(2007.12.07)
 耀ニュース・トピックス[(2007.12.7)(2007.12.7)(2007.12.7)(2007.12.7)(2007.11.2)

九条菜月さんの『ヴァンピーア オルデンベルク探偵事務所録』 

 九条菜月さん(国文科36期生のペンネーム)の『ヴァンピーア オルデンベルク探偵事務所録』(中央公論新社)を紹介します。イラストは伊藤明十氏によるものです(資料は、中央公論新社の許可を得て転載)。
 この本は、九条菜月さんのデビュー作『ヴェアヴォルフ オルデンベルク探偵事務所録』に続く「オルデンベルク探偵事務所録」のシリーズ第2作目になります。「あとがき」には、高所恐怖症の九条菜月さんが必死の思いで飛行機に搭乗して、ドイツに取材に出かけたという話が記述されています。
 九条菜月さんからメッセージをいただきましたので紹介します。

 ひさびさに、デビュー作の続きです。続きですが、前回と異なった人物が主人公として登場します。あとがきにもありますが、本書を書くにあたり、実際ドイツに取材旅行に行ってきました。飛行機というか、高い場所が苦手で……あの時のことを思い出すと、未だに冷や汗が出ます。その甲斐あって内容の濃い作品に仕上がったと思います。本書にちりばめられた幾つもの謎を推理しながら読んでみてください。

 関連記事[(2007.12.07)(2007.12.07)(2007.12.07)(2007.11.2)

九条菜月さんの『黄昏の異邦人 魂葬屋奇談』 

 九条菜月さん(国文科36期生のペンネーム)の『黄昏の異邦人 魂葬屋奇談』(中央公論新社)を紹介します。イラストは如月水氏によるものです(資料は、中央公論新社の許可を得て転載)。
 この本のタイトル『黄昏の異邦人 魂葬屋奇談』は「たそがれのいほうじん こんそうやきだん」と読みます。「あとがき」には、描写をリアルにするため怯えながら鳩を観察した、ということが書かれています。
 九条菜月さんからメッセージをいただきましたので紹介します。

 魂葬屋奇談、三作目です。見習いですが、また新しい魂葬屋が登場します。ちょっと片言の日本語を操る魂葬屋見習い・千早を助けながら奮闘する主人公を楽しんでください。最後はちょっぴり切ないかもしれません。

 関連記事[(2007.12.07)(2007.12.07)(2007.11.2)

九条菜月さんの『淡月の夢 魂葬屋奇談』 

 九条菜月さん(国文科36期生のペンネーム)の『淡月の夢 魂葬屋奇談』(中央公論新社)を紹介します。イラストは如月水氏によるものです(資料は、中央公論新社の許可を得て転載)。
 この本のタイトル『淡月の夢 魂葬屋奇談』は「たんげつのゆめ こんそうやきだん」と読みます。「あとがき」には、鳩が苦手な登場人物は、九条さんの心情をそのまま表現した、ということが書かれています。
 九条菜月さんからメッセージをいただきましたので紹介します。

 魂葬屋奇談、二作目となります。一冊目を読んだ方ならわかると思いますが、魂葬屋と死神、使い魔が徐々に増えてきます。それぞれが抱える悩み。それを知った主人公の心の動きなど、共感しながら読んでいただけると嬉しいです。前作では、魂葬屋が「正義」、死神が「悪」のような書き方をしていますが、本書を読めばそうではないことがわかると思います。

 関連記事[(2007.12.07)(2007.11.2)

九条菜月さんの『空の欠片 魂葬屋奇談』 

 九条菜月さん(国文科36期生のペンネーム)の『空の欠片 魂葬屋奇談』(中央公論新社)を紹介します。イラストは如月水氏によるものです(資料は、中央公論新社の許可を得て転載)。
 この本のタイトル『空の欠片 魂葬屋奇談』は「そらのかけら こんそうやきだん」と読みます。「あとがき」には、学生時代に原型を思いついたと書かれています。
 九条菜月さんからメッセージをいただきましたので紹介します。

 受賞作後の第一作目です。『魂葬屋』のアイディアはまさに短大の頃に考えつきました。その時は、内容をメモしただけで作品には仕上げなかったのですが、その数年後、形にすることができとても嬉しく思います。『ヴェア・ヴォルフ』もそうですが、『空の欠片』は担当さんや校正者さん、イラストレーターさん、その他にも色々な方の手を経てはじめて一冊の本として完成しました。私の想いだけではなく、様々な方の想いも詰まっている一冊です。どうぞ、じっくりと読んでみてください。

 関連記事[(2007.11.2)

国文科12期生遠藤美記さんの本が『本の郷土館』に掲載 

 国文科12期生遠藤美記さんの『ひとりぼっちの部屋-メケのメッセージ』(遠藤美記著・遠藤悦子編著)が、本学名誉教授故松坂俊夫先生の著書『やまがた本の郷土館』(みちのく書房)第二巻(214ページ~215ページ)に掲載されていますので紹介します(本文および資料は、みちのく書房の許可を得て転載)。

 こだまする生命の歌 「ひとりぼっちの部屋」 遠藤美記
 「日記様
 私はあなたになんでも話します。そんな時一緒に考えてね。時々忘れることあるけど、忘れずに書くようにします。十一歳の少女 メケより」
 〈メケのメッセージ〉と副題のある『ひとりぼっちの部屋』は、遠藤美記(南陽市生まれ、一九五九~一九九三)の主として小学校から、高校卒業までの、日記をはじめ詩や文章を、母の遠藤悦子が選録した遺稿集である。ここからは、迷い悩みながらも、ひたむきにそして真率に、自分の道を求めて歩み続けた、若い生命の歌がこだまのように響いてくる。
 「幸せは悲しみと打ち勝って自分の手で作り出すもの、それが幸せだと思います。あなたはどうですか」
 「物語が始まるのは楽しいけれど、終るというのは悲しいことです。始めがあれば終りがある。人間だって生まれたら必ず死ななければならない」
 小学生時代の日記に、すでにしっかりと眼を見開いて、人生の奥義に達する感想を数多く記している。

  海は四つの顔をもっている         何度つきとばされてもまた
  やさしい顔と情熱的な顔           あなたの前に立つ
  さびしい顔とはげしい顔と          私はそんな執念がほしい
  私は今、はげしいあなたの前に立ちたい            (海)

 中学生になると、詩作も増え小説の習作「男のゆめ、女のゆめ」や、叙事詩「悲しい犬の物語」なども書かれ、著者の志向は文学を指す一方、自己省察とその理想は、たしかな焦点を結びはじめる。
 「一人ぼっちなのに友を求めている。人間が嫌いと言って人を愛している。」
 「愛されるよりも人を愛することの出来る人になりたい。誰もみてない所でも、みんながいやがる事を出来る様な人に。」
 収載量は少ないが、高校・短大時代の日記にもこれまで同様、読書・音楽・映画・宗教のことをはじめ、友人・学校のことなど、「もっともっとしたいことがたくさんある。ありすぎる。ため息が出そう。」と記す著者の、あふれるほどに充実した日々が綴られている。
 集中の圧巻は、著者が病気で退職するまで十四年間勤務した「いわさきちひろ絵本美術館」に就職の際の課題文「ちひろの絵と人生」(二千字)であろう。ここには、ちひろの絵の持つやさしさと、そのやさしさの由来を、そしてみずからの願いを、誠実に愛情を傾けて記しており、感銘深いエッセイである。
 『ひとりぼっちの部屋』は、一九九五年五月、東神文化企画の刊。著者写真および自筆デッサン多数。はじめに・遠藤公夫、カバー付き、B6判、二六〇ページ。本書は、念願の職場と夫に出あい、一児を得ながら三十五歳で早世した娘への両親のレクイエムとして編まれている。

 関連記事【耀ニュース・トピックス(2007.11.14)(2007.11.14)

国文科12期生遠藤美記さんについての『通りすぎた風-メケの引き出し-』 

 『通り過ぎた風-メケの引き出し-附・悦子の自選歌集』(遠藤悦子編著)は、国文科12期生遠藤美記さんが書いた日記や詩、小説のほかに、母親である遠藤悦子氏(『ひとりぼっちの部屋』の編著者)へのメッセージ、追悼文集(美記さんの思い出)、美記さんの手紙、遠藤悦子氏の短歌から構成されています。  冒頭に、『ひとりぼっちの部屋』に関する山形新聞と置賜タイムスの記事が掲載されていますので紹介します(資料は、遠藤悦子氏および東神文化企画の許可を得て転載)。
 関連記事「耀ニュース・トピックス(2007.11.14)」をご覧ください。

亡き娘の日記、出版 「多くの悩み知った」
 南陽市赤湯の主婦遠藤悦子さん(六三)は、夫公夫さん(六五)とともに、がんに侵されて昨年六月、三十五歳の若さで亡くなった長女美記さんの子供時代の日記を集め、「ひとりぼっちの部屋-メケのメッセージ」として、自費出版した。
 美記さんが日記をつけていたことに気づいたのは、自宅の部屋を整理していた今年一月。「部屋は短大を卒業して東京に出た時のままになっていた。机の引き出しから五冊の日記帳を見つけ、再び悲しみがこみ上げると同時に、何とか残しておかなくてはと思った」と、悦子さんはいう。
 小学時代から高校時代の日記を抜粋し、ほかに詩や作文、両親にも内証にしていた小説などを載せている。メケは当時のニックネームで、題名は美記さんの詩のタイトルから。
 「明るくたくましく、弱音を吐くような子じゃなかったけど、多くの悩みや迷いを抱えていたことを知った。日記の中のもう一人の自分にぶつけ、答えを見いだしていたよう」と語る。
 三百部を印刷し、同級生や美記さんがお世話になった教師、同僚に配った。次第に、感想や返事が届きつつあるという。「短い人生だったけど、こうして本にすることで今はみんなと同じように生きているような気がする」。八月には美記さんが勤めていた「いわさきちひろ絵本美術館」の職員や友人たちによる追悼文集も出される。
   (一九九五年六月二十四日 山形新聞より)

知らなかった美記の心の軌跡 知って貰って供養に
 『ひとりぼっちの部屋-メケのメッセージ』…才能に恵まれ、心身ともに健やかに育った感受性豊かな少女の心の記録。日記や詩に綴られた夢、歓び、傷み、悩み。若さの輝きに溢れたこの本を、やがて成人して「いわさきちひろ絵本美術館」という最適の職場を得、幸せな結婚をして男児を授かりながら、昨年六月、三十五才で病没した娘の記念碑として両親が自費出版した。
 南陽市赤湯の主婦遠藤悦子さん(六三)が、長女美記さんの没後一周年を前に編集したもので、美記さんの親しかった人々に贈られた。短大を出て上京した時のままになっていた美記さんの机の引出しに、きちんと重ねてあった日記帳を読んで、親も気付かなかったその心の軌跡を改めて知り、明るく優しく生きようと努力していたことに打たれたという。小学校から高校までの日記の抜粋と詩、小説等をB6判二六〇頁にまとめた。書名は中二の時の詩から、メケは美記のニックネーム。
 序文で父親公夫さん(六五)が、ちひろ美術館副館長松本由理子さんの文章を引用している。「彼女がいるだけで、事務室の空気が和らいだ。彼女もまたちひろの絵のような人だった」…。
   (一九九五年七月十五日 置賜タイムスより)

生きる道求めた軌跡
 〝青春〟ということばをずっと好きになれないでいた。自分自身との内なる葛藤に戸惑い、翻弄された日々は、一筋の光を求めて歩き続けた長いトンネルのようである。それでも前へ進んで行けたのは、希望という心に抱いた大きな夢を見続けていたからなのだと思う。振り返れば、〝青春〟とは、若き日に負うためらい傷なのかもしれない。
 昨年六月、癌のため三十五歳でこの世を去った遠藤美記さんの中・高のノートを中心に編集した『ひとりぼっちの部屋-メケのメッセージ』は、亡き娘の記念碑として両親が上梓したものである。本には、生きる道を真摯に求めた少女の〝青春〟の軌跡が綴られている。
 「人を愛することはむずかしい。人間には嫉妬と欲望があるから。裏切りや憎しみの心が起こるから。でも私は愛される人間よりも愛することの出来る人間になりたい」。〝逝きしわが娘の日記数冊に作家志望の箇所を見出でつ〟そして彼女は書くことに意欲を持った人だった。
 美記さんは、昭和三十四年南陽市赤湯に生まれた。赤湯中・長井高・山形女子短大国文科を経ていわさきちひろ絵本美術館に就職する。「彼女がいるだげで、忙しさでささくれたってしまいがちな事務室の空気が和らいだ。彼女もまたちひろの絵のような人だった」(松本由理子副館長)と紹介されている。いわさきちひろは、子供や草花の絵をよく描いた。やさしくおだやかな色彩とタッチの内に秘めた雄弁な思いを彼女は感じていたのだろう。
 彼女の死は、道途(なか)ばとしかいいようがない。愛息想太君は今年四歳になるという。〝野の花にみどり児の指触れさせてをりし亡き子の姿浮び来〟。-その早すぎる死を悼むより、幼いわが子を残して逝かなければならなかった母としての無念さがやりきれない。
 人には、天命という授かった命の日があるのだとしたら、いつの日も一所懸命に生きなければならないのだと、そう思わずにはいられない。
   (一九九五年十一月二十五日 山形新聞文化欄「季節風」より)

  (編集者注1)資料の葉書は、「穏やかにすごした短大同期生より」(本文56ページ)から転載しました。なお、遠藤悦子氏の住所および差出人の住所氏名は伏せさせていただきました。
  (編集者注2)遠藤悦子氏へのメッセージの中に、本学名誉教授故松坂俊夫先生、非常勤講師故佐々木悦先生、非常勤講師鈴木実先生、武田正民話研究センター顧問の文章が掲載されています。
  (編集者注3)『通り過ぎた風-メケの引き出し-附・悦子の自選歌集』は、平成8年、遠藤悦子氏より本学図書館に寄贈していただきました。是非、ご一読ください。

国文科12期生遠藤美記さんの『ひとりぼっちの部屋-メケのメッセージ』 

 国文科12期生遠藤美記さんは、昭和53年に本学国文科に入学し、昭和55年卒業と同時に「いわさきちひろ絵本美術館」に勤務しました。しかし病気のため平成5年同美術館を退職し、翌平成6年6月8日永眠しました。
 『ひとりぼっちの部屋-メケのメッセージ』(遠藤美記著・遠藤悦子編著)は、遠藤美記さんが書きつづっていた日記の中から、母親の遠藤悦子氏が小学校から高校までのものを選んで平成7年に出版した本です。
 「はじめに」の部分を紹介します(資料は、遠藤悦子氏および東神文化企画の許可を得て転載)。

 はじめに
 この六月で娘の美記が去ってから一年を迎えます。
 思えば随分遠いことのような、また昨日のことのような気がいたします。生前彼女が日記を書いておりましたことは存じてましたが、勿論目を通したことはなく、逝った後もつらくて、とても見てみようなどとは思いませんでした。
 しかし、この度、妻の悦子がそれらの中からいくつかを選び出して記念の文集を作ろうと思い立ちました。彼女が病に襲われてから亡くなるまでの間、夫君の一浩氏には洩らしたと聞きましたが、私どもにはただの一言も恨みがましいことや、苦痛を訴えたことはありませんでした。そのことが実に私どもにとっての救いでありました。
 三十五年と云う短い人生の中で、彼女が何を感じ、何を考えていたのかの一端がこのささやかな文集の中から少しは浮び出るかも知れません。私も残されたものをこれからじっくりと読んで、彼女の短い人生の過ぎ来しを偲び冥福を祈ってゆきたいと思っております。
 終りに美記がお世話になりました、いわさきちひろ絵本美術館副館長、松本由理子さんが去年講談社よりお出しになった「ちひろ美術館物語」の中から次の一節を転写させていただいて、若き日の彼女がどんな姿に見えたのかを紹介させていただきたいと思います。

 「作文の主遠藤美記さんは今春短大を卒業したばかりの人だった。山形から面接に来た彼女は駅から走ってきたのだろうか、ほおは上気して息も荒めだった。『道に迷われたんですか?』私は尋ねた。『いいえ、昨日のうちに一度下見にこちらへきました』うっすらと鼻の頭に汗をかきながら、二十歳の彼女はとつとつと言葉少なに答えた。面接が終り、彼女が部屋を出ていくや館長の飯沢匡氏が口を開いた。『あの人いい人です。誠実ですね。どんな仕事でも絶対にいやがらず身を粉にして働く人です。ああいう人を採れば間違いありません。』」
 館長の目は正しかった。癌に倒れ、美術館を去らざるをえなくなるまでの十四年間、次々と膨らんでいく夢をしっかりと支える側に彼女はいつもいた。来館者の立場でものを考え、ちひろのこころを大切にし、あとから入ってきたスタッフの心の支えとなってくれた。彼女がいるだけで、忙しさでささくれだってしまいがちな事務室の空気が和らいだ。彼女もまたちひろの絵のような人だった。」

      一九九五年六月 父 公夫

 (編集者注)『ひとりぼっちの部屋-メケのメッセージ』は、平成8年、遠藤悦子氏より本学図書館に寄贈していただきました。是非、ご一読ください。

九条菜月さん(国文科36期生のペンネーム)の『ヴェアヴォルフ オルデンベルク探偵事務所録』 

 九条菜月さん(国文科36期生のペンネーム)が、『ヴェアヴォルフ オルデンベルク探偵事務所録』を中央公論新社から出版しました。
 この作品は、第2回C★NOVELS大賞・特別賞を受賞した『ライカンスロープ』を加筆・訂正したものです。なお、イラストは伊藤明十氏によるものです(資料は、中央公論新社の許可を得て転載)。
 九条菜月さんからメッセージをいただきましたので紹介します。

 初めまして、九条菜月と申します。山形短期大学を卒業して六年が経ちますが、在学中のことは昨日のことのように思い出されます。旧館は取り壊されてしまったそうですが、私は山形短期大学の敷地内にある寮に二年間お世話になっていました。在学中、学業の傍ら小説を書いては投稿することを繰り返していたため、毎朝授業開始ぎりぎりに飛び起きては授業開始のチャイムを聞きながら走ったものです。部活動にもたくさん入っていました。推理研究部、演劇部、コーラス部と掛けもちでしたが、忙しいことが全然苦にならないくらい楽しかったことを覚えています。特に推理研究部は、推理小説好きな顧問の先生と友人たちと立ち上げたものなので感慨深いものがあります。先日、短大のホームページをみたところ文化部のところに「推理研究」とあったので、やった!続いてる!と興奮しました。
 私は夢を追い掛け、追い掛けてようやく叶えることができました。そこで学んだことがあります。夢を叶えるために大事なのは「努力」だということです。「努力」は必ず自分の力になります。このコメントを読んでくださった方の中にも、様々な夢をもっている方がいると思います。どうか「努力」を積み重ねてください。積み重ねたぶんだけ夢に近付いて、気付いたら手の届くところまできているかもしれませんよ。
 最後にちょっとだけ宣伝を。短大のホームページで作品の紹介をしていただいております。もしも本屋で見掛けましたら、どうぞどうぞそのままレジの方へ。特に先生方は元教え子のためと思って迷わずレジにダッシュしてください(笑)。学生の方はお財布事情もありますので、図書室の方へ。一人でも多くの方に読んでいただければ幸いです。

 (編集者注)事情により九条菜月さんの実名は公表できません。あしからずご了承願います。

国文科10期生利根川啓子さんの『風が吹いたら…』 

 国文科10期生利根川啓子(ペンネーム伊藤啓子)さんのエッセイ集『風が吹いたら…』(みちのく書房)を紹介します。
 この本は、月刊『ほいづん』に平成12年9月号から平成14年3月号まで、1年7か月にわたって掲載された利根川さんのエッセイをまとめたものです。巻末の「あとがき」を紹介します(資料は、みちのく書房の許可を得て転載)。
 写真は今年の4月26日に撮影したものです。

 あとがき
 月刊「ほいづん」に二〇〇〇年九月号から二〇〇二年三月号まで連載されたものをまとめた。
 二〇〇二年三月より「看護婦」の名称が「看護師」と改正されたが、文中では連載時のまま「看護婦」「訪問看護婦」とした。また、当初のタイトルは「四十路追い風…ときどき向い風」だったが、出版にあたり「風が吹いたら…」と改題した。若い頃から、ひらめいた次には走り出している。その性格は今も変わらないが、もはや四十も半ば。風が吹いたら、さぁどうする、と一旦立ち止まってみることもしなくては、という自戒を込めた。
 日がな詩だらけでいると、回りがぶれて見えたり、からだがここにあるのに、心だけが遥かなところでふわふわしていることがある。エッセイを書いている間は、詩とは別の呼吸をしていることに気づく。日常からはみ出しがちな自分を引き戻して我に返る、貴重な時間である。特に、このたび「ほいづん」に書くにあたっては、多くの方のお話を聞き、まめに行動して視野を拡げるように努めた。この一年半で、少しは地に足がついたような気がする。
 新関昭男さんには、連載中から毎回写真を添えていただき、また、長年母がお世話になった至誠堂総合病院のスタッフの方々には、撮影に協力していただいた。
 書く場を与えてくださった月刊「ほいづん」編集発行人の伊藤美代子さんに、心から感謝申しあげます。
 二〇〇三年一月

 利根川さんの著書に関する記事は「耀ニュース・トピックス(2007.10.24)(2007.10.24)(2007.10.24)(2007.10.24)」をご覧ください。
 評論活動に関する記事は「耀ニュース・トピックス (2007.10.29)(2007.7.20) (2007.5.2) 」をご覧ください。
 「MOE」の関連記事は「耀ニュース・トピックス(2007.10.12) (2007.8.2)(2007.4.19)」をご覧ください。
 『やまがた街角』掲載のエッセイに関する記事は「耀ニュース・トピックス(2007.10.2) (2007.8.2) (2007.5.31) (2007.4.16) (2007.2.6) 」をご覧ください。
 その他の記事は「耀ニュース・トピックス (2007.5.28) (2007.5.23) (2007.5.11) (2007.4.26) (2006.9.21) 」をご覧ください。

国文科10期生の利根川啓子さんの詩集『ウコギの家』 

 国文科10期生の利根川啓子さんの詩集『ウコギの家』についての記事は、「耀ニュース・トピックス(2006.5.1) 」をご覧ください。

英文科第10期生の金娜廷(キム・ナジョン)さんの『翻訳の原理-異文化をどう訳するか』

 英文科第10期生の金娜廷(キム・ナジョン)さんの『翻訳の原理-異文化をどう訳するか』(韓国外国語大学出版部)についての記事は、「やまたんニュース(2007.5.1)、耀ニュース・トピックス (2007.5.1) 」をご覧ください。

国文科10期生の利根川啓子さんの詩集『夢のひと』 

 国文科10期生の利根川啓子さんの詩集『夢のひと』(視点社)についての記事は、「耀ニュース・トピックス(2006.4.27) 」をご覧ください。

幼児教育科26期生伊藤利恵さんの『児童養護の原理と実践的活用』 

 幼児教育科26期生伊藤利恵さんの『児童養護の原理と実践的活用』(保育出版社) についての記事は、「耀ニュース・トピックス(2006.4.26) 」をご覧ください。

国文科10期生利根川啓子さんの『Poem Session '96』 

 国文科10期生利根川啓子さんの『Poem Session '96』(紙草舎)についての記事は、「耀ニュース・トピックス(2006.4.19) 」をご覧ください。

国文科10期生利根川啓子さんの『萌野』 

 国文科10期生利根川啓子さんの『萌野』(夢人館) についての記事は、「耀ニュース・トピックス(2006.4.19) 」をご覧ください。

国文科26期生伊藤美菜子さんの『生きているって 伊藤美菜子詩集』 

 国文科26期生伊藤美菜子さんの『生きているって 伊藤美菜子詩集』(仙台宝文堂)についての記事は、「耀ニュース・トピックス(2006.1.29) 」をご覧ください。

国文科12期生丹波恵子さんの『だがしや楽校が未来を救う』 

 国文科12期生丹波恵子さんの『だがしや楽校が未来を救う』(ロゼッタストーン社)についての記事は、「耀ニュース・トピックス(2006.12.25) 」をご覧ください。


幼児教育科1期生長谷部恵美子さんの『はるかはドジなの?』 

 幼児教育科1期生長谷部恵美子さんの『はるかはドジなの?』(文芸の森社)についての記事は、「耀ニュース・トピックス(2006.12.20) 」をご覧ください。

幼児教育科1期生長谷部恵美子さんの『ナマハゲのくる村』 

 幼児教育科1期生長谷部恵美子さんの『ナマハゲのくる村』(銀の鈴社)についての記事は、「耀ニュース・トピックス(2006.12.19) 」をご覧ください。

国文科2期生多田美知子さんの『ワルツ』 

 国文科2期生多田美知子さんの『ワルツ』についての記事は、「耀ニュース・トピックス(2006.9.26) 」をご覧ください。

国文科1期生尾関いづみさんの『こだなごどあったけな-ほらふき藤五郎回顧録』 

 国文科1期生尾関(旧姓齋藤)いづみさんの『こだなごどあったけな-ほらふき藤五郎回顧録』(遊文会)についての記事は、「耀ニュース・トピックス(2006.9.21) 」をご覧ください。

同窓生の著書を紹介します 

 多くの同窓生がいろいろな活躍をしていますが、本を書いた方も多くいらっしゃいます。そこで、このページでは同窓生の著書について紹介していきます。

 これまでにホームページで取り上げた著書をまず紹介します。そして新しい情報が入り次第、順次、同窓生の著書を紹介していきます。

 同窓生で本を出版した方、あるいはそのような情報をお持ちの方は、是非、ホームページ担当者にお知らせ下さい。