« 2007年11月  耀ニュース・トピックス 一覧へ  2008年01月 »

2007年12月 アーカイブ

人間福祉学科4期生岩城敏也さんと柴田佑樹さん来訪 

 12月1日(土)、人間福祉学科4期生岩城敏也さんと柴田佑樹さんが来訪しました。
 お二人とも施設に勤務していますが、休日を利用して先生方に近況報告をするため来訪しました。
 岩城さんは卒業後は入所施設を担当していましたが、今年の7月からディーサービスに担当部署が替わりました。柴田さんは通所リハビリ施設に勤務しております。

国文科10期生利根川啓子さんのエッセイが『やまがた街角』に掲載 

 国文科10期生利根川啓子(ペンネーム伊藤啓子)さんのエッセイが『やまがた街角』12・1月号70頁から71頁に、「あの酒場」というタイトルで掲載されました。
 三十年前、利根川さんが知人に連れられて入った酒場で体験した不思議な話について書かれています(資料はやまがた街角編集室の許可を得て転載)。
 利根川さんの関連記事は次のとおりです。

 『やまがた街角』[(2007.10.2) (2007.8.2) (2007.5.31) (2007.4.16) (2007.2.6)
 著書[(2007.11.2)(2007.10.24)(2007.10.24)(2007.10.24)(2007.10.24)]
 評論活動[(2007.10.29)(2007.7.20)(2007.5.2)
 『MOE』[(2007.10.12)(2007.8.2)(2007.4.19)
 その他[(2007.5.28)(2007.5.23)(2007.5.11)(2007.4.26)(2006.9.21)

九条菜月さんの『空の欠片 魂葬屋奇談』 

 九条菜月さん(国文科36期生のペンネーム)の『空の欠片 魂葬屋奇談』(中央公論新社)を紹介します。イラストは如月水氏によるものです(資料は、中央公論新社の許可を得て転載)。
 この本のタイトル『空の欠片 魂葬屋奇談』は「そらのかけら こんそうやきだん」と読みます。「あとがき」には、学生時代に原型を思いついたと書かれています。
 九条菜月さんからメッセージをいただきましたので紹介します。

 受賞作後の第一作目です。『魂葬屋』のアイディアはまさに短大の頃に考えつきました。その時は、内容をメモしただけで作品には仕上げなかったのですが、その数年後、形にすることができとても嬉しく思います。『ヴェア・ヴォルフ』もそうですが、『空の欠片』は担当さんや校正者さん、イラストレーターさん、その他にも色々な方の手を経てはじめて一冊の本として完成しました。私の想いだけではなく、様々な方の想いも詰まっている一冊です。どうぞ、じっくりと読んでみてください。

 関連記事[(2007.11.2)

九条菜月さんの『淡月の夢 魂葬屋奇談』 

 九条菜月さん(国文科36期生のペンネーム)の『淡月の夢 魂葬屋奇談』(中央公論新社)を紹介します。イラストは如月水氏によるものです(資料は、中央公論新社の許可を得て転載)。
 この本のタイトル『淡月の夢 魂葬屋奇談』は「たんげつのゆめ こんそうやきだん」と読みます。「あとがき」には、鳩が苦手な登場人物は、九条さんの心情をそのまま表現した、ということが書かれています。
 九条菜月さんからメッセージをいただきましたので紹介します。

 魂葬屋奇談、二作目となります。一冊目を読んだ方ならわかると思いますが、魂葬屋と死神、使い魔が徐々に増えてきます。それぞれが抱える悩み。それを知った主人公の心の動きなど、共感しながら読んでいただけると嬉しいです。前作では、魂葬屋が「正義」、死神が「悪」のような書き方をしていますが、本書を読めばそうではないことがわかると思います。

 関連記事[(2007.12.07)(2007.11.2)

九条菜月さんの『黄昏の異邦人 魂葬屋奇談』 

 九条菜月さん(国文科36期生のペンネーム)の『黄昏の異邦人 魂葬屋奇談』(中央公論新社)を紹介します。イラストは如月水氏によるものです(資料は、中央公論新社の許可を得て転載)。
 この本のタイトル『黄昏の異邦人 魂葬屋奇談』は「たそがれのいほうじん こんそうやきだん」と読みます。「あとがき」には、描写をリアルにするため怯えながら鳩を観察した、ということが書かれています。
 九条菜月さんからメッセージをいただきましたので紹介します。

 魂葬屋奇談、三作目です。見習いですが、また新しい魂葬屋が登場します。ちょっと片言の日本語を操る魂葬屋見習い・千早を助けながら奮闘する主人公を楽しんでください。最後はちょっぴり切ないかもしれません。

 関連記事[(2007.12.07)(2007.12.07)(2007.11.2)

九条菜月さんの『ヴァンピーア オルデンベルク探偵事務所録』 

 九条菜月さん(国文科36期生のペンネーム)の『ヴァンピーア オルデンベルク探偵事務所録』(中央公論新社)を紹介します。イラストは伊藤明十氏によるものです(資料は、中央公論新社の許可を得て転載)。
 この本は、九条菜月さんのデビュー作『ヴェアヴォルフ オルデンベルク探偵事務所録』に続く「オルデンベルク探偵事務所録」のシリーズ第2作目になります。「あとがき」には、高所恐怖症の九条菜月さんが必死の思いで飛行機に搭乗して、ドイツに取材に出かけたという話が記述されています。
 九条菜月さんからメッセージをいただきましたので紹介します。

 ひさびさに、デビュー作の続きです。続きですが、前回と異なった人物が主人公として登場します。あとがきにもありますが、本書を書くにあたり、実際ドイツに取材旅行に行ってきました。飛行機というか、高い場所が苦手で……あの時のことを思い出すと、未だに冷や汗が出ます。その甲斐あって内容の濃い作品に仕上がったと思います。本書にちりばめられた幾つもの謎を推理しながら読んでみてください。

 関連記事[(2007.12.07)(2007.12.07)(2007.12.07)(2007.11.2)

国文科10期生の利根川啓子さんの舞台評が山形新聞夕刊に掲載 

 11月30日(金)の山形新聞夕刊に、国文科10期生の利根川啓子(ペンネーム伊藤啓子)さんの舞台評が掲載されました(資料は、山形新聞社の許可を得て転載)。
 山形市中央公民館ホールで劇団山形「レンタルファミリー」の公演を鑑賞して、舞台装置の豪華さや夫婦像、家族の絆や役者の熱演などについて評しています。

 利根川さんの関連記事は次のとおりです。
 評論活動[(2007.10.29)(2007.7.20)(2007.5.2)
 『やまがた街角』[(2007.12.4)(2007.10.2) (2007.8.2) (2007.5.31) (2007.4.16) (2007.2.6)
 著書[(2007.11.2)(2007.10.24)(2007.10.24)(2007.10.24)(2007.10.24)]
 『MOE』[(2007.10.12)(2007.8.2)(2007.4.19)
 その他[(2007.5.28)(2007.5.23)(2007.5.11)(2007.4.26)(2006.9.21)

国文科12期生丹波恵子さんのサークルが「広報やまがた」に掲載 

 国文科12期生丹波恵子さん主催のサークルが、「広報やまがた」(12月1日号)の「サークルめぐり」のコーナーに掲載されました。
 「丹波恵子の生き生きサロン」という見出しで、毎月、遊学館で自由詩の創作と歌唱の活動をしていることが紹介されています(資料は、山形市総務部広報課の許可を得て転載)。
  丹波さんの関連記事は次のとおりです。
 いきいきサロン[(2007.5.1)]
 だがしや楽校[(2007.11.7)(2007.10.24)(2007.6.4)(2007.3.7)(2006.12.25)(2006.10.18)
 コンサート[(2006.12.25)(2006.12.7)(2006.11.25)(2006.9.26)
 その他[(2006.10.19)

幼児教育科4期生の金沢春美さんが「槻の木」コンサートに出演 

 12月16日(日)、山形テルサテルサホールで公演した南沼原女声合唱団「槻の木」30周年記念コンサートに、幼児教育科4期生の金沢春美(旧姓佐東)さんが出演しました。
 金沢さんは、南沼原女声合唱団「槻の木」の発足以来のメンバーです。「今回で30周年という長い月日に、よくここまで続けてこれたと感慨も一入です」というコメントを寄せてくれました。
 「槻の木」の常任指揮者である志鎌綾子先生、ピアノ伴奏者の庄子香代子先生、司会の佐藤佳子先生は本学の非常勤講師を務めております。
 関連記事[(2007.2.13)
 やまたんニュース【(2007.12.17)

国文科12期生鈴木八重子さんからのメッセージ 

 国文科12期生鈴木八重子さんから、遠藤美記さんについてのメッセージが届きましたので紹介します。

 遠藤美記さんが「いわさきちひろ絵本美術館」の職員に採用されて上京し、故郷の赤湯を離れるまでの間、ほとんど毎日一緒に過ごしていました。幼稚園2年間、小学校6年間、中学校3年間は同じくラスでした。高校では異なるクラスでしたが、山形短期大学の国文科では同じコースでした。毎日がたわいもない話で「ワーワー、キャーキャー」言って、おしゃべりを楽しんでいました。
 就職してからは、お互いに忙しくてなかなか会う機会がありませんでしたが、関東方面の職員旅行のとき遠藤さんに会いに行きました。アパートに泊めてもらい、一晩中、語り明かしたことが思い出されます。
 遠藤さんが結婚するときに連絡をいただいたのですが、年度末の所用で残念ながら出席することができませんでした。今となっては本当に悔しい思い出となっています。

 関連記事[(2007.11.24)(2007.11.14)(2007.11.14)